設計事務所アトリエシゲが教える住まいに関する情報や裏技 No.269「古き良き大工さんの話 1」
FC2ブログ

設計事務所アトリエシゲが教える住まいに関する情報や裏技

「家は叶う 建つべし! 建つべし!」個性派住宅を数多く手がけた建築家が楽しいすまい奪取への情報や裏技をわかりやすくときにはおもしろおかしく提供いたします。

No.269「古き良き大工さんの話 1」


私の育った周辺では木の製材所が多かったので大工さんも付近に点在
しておりました。
知り合いの大工さんの子供ともよく遊んだのでとても身近でした。
昔の大工さんは中学を卒業すると棟梁に弟子入りをして技術を磨いたそうです。
差し金の使い方、カンナの手入れや墨付けなど覚え、一人前となると独立する
のです。
神奈川県では山形や岩手など東北出身の大工さんが多いようです。
東京オリンピックなど高度経済成長期に上京してそのまま移り住んだとも
伺いました。

寄り合いの後の宴の席になると車座になってお酒が進んでくると決まって
飛び出すのが「黒田節」「八木節」などの民謡や「花笠音頭」などの音頭でした。

その大工さんの仕事ですが
昭和40~50年代の住宅は現在程材料が多様化しておらず
大工さんの仕事だけで済んでしまう工法でした。
間取りも実にシンプル。
当時も流行があったようで同じ年代に建てた家の間取りは大体同じです。
設計者という存在も必要なかったし、需要もなかったようです。
そのようなことで家を建てるときはまず大工さんに相談するのが普通でした。

間取りも大工さんが鉛筆で単線を書いて簡単に決めました。
予算も大雑把に「300万円でいいものを造ってやるよ」といった根拠の無い自身と
心意気で決めました。

こうして地鎮祭が行なわれますが
通常は神主さんがやってきて祝詞を上げてくれるのですが
特に決まりも無かったので私の実家は大工さんが祝詞を上げてくれました。
オールマイティーの大工さんです。

地鎮祭が終わると鳶さんが基礎を進めるのでその間は大工さんは
購入していた材木を支度小屋(下小屋とも呼ばれていた)で材料を加工します。

木造住宅はあらかじめ柱や梁などを支度小屋でカットして現場で組み立てます。
梁などは曲がった木を使うので支度小屋で墨付け後に一回組み立てて様子をみます。
これらの一連の作業を「刻み」といいます。
現在では加工工場でマシンが刻んでしまうので大工さんの伝統技術が廃れてしまい
そうです。

基礎が終わると支度小屋からカットされた木を運びます。
最初に行なうのは土台敷き。
土台を水平に敷かないと建物が傾いてしまうので慎重です。
土台が完成すると1日を使って上棟(建て前)が行なわれます。
上棟とは棟上式ともいい、建物の骨組みが屋根の頂上まで組みあがることを言います。
木は結構重いので一人では持ち上がりません。
そのようなことで当日のみ大工仲間の応援を10人近く呼んで手伝ってもらいながら
屋根まで組んで行きます。
現在では上棟は工程前半のイメージがありますが昔は「刻み」の仕事があったので
大工さんにしてみれば半分の工程が済んだイメージになるわけです。
上棟式は大工さんを労って施主が食べ物を振舞う祝いの日というのが本来の意味なのです。
大工さんもここぞと言うばかりに我を忘れるまでお酒を飲んでいたのが印象的でした。


スポンサーサイト



テーマ:実用・役に立つ話 - ジャンル:趣味・実用