設計事務所アトリエシゲが教える住まいに関する情報や裏技 2004年06月
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設計事務所アトリエシゲが教える住まいに関する情報や裏技

「家は叶う 建つべし! 建つべし!」個性派住宅を数多く手がけた建築家が楽しいすまい奪取への情報や裏技をわかりやすくときにはおもしろおかしく提供いたします。

No.178「建築トリビア4  ~階段には法則があった~」

何気なく使っている階段。
住宅の階段を基準に考えると幼稚園や小学校の階段は緩くて子供に歩き
易い。
けれど大人が使うと物足りない。
30年以上も昔の家の階段は法律の整備も無かったのではしごのように
急なものもある。
建物の階段はこの「建築基準法」に則って設計されているだけかと
思われますが実はもっと緻密に計算されているのです。
我々、設計者は意外と頑張っているのです。「オッホン!」(自慢の咳払い)

業界では上り易い階段の方程式があります。

「550 < 2R+T <650」
(Rは一段あたりの高さ、Tは一段の奥行き、単位はミリメートル)

人間の平均的な歩幅を2R+Tとみなしたときに、それが55cmから65cmに収まっていれば一段につき一歩で上がれるという理屈になります。
(ちょっと古いので最近の日本人には若干補正が必要のようです)

気が向いたらご自宅の階段を計ってみてはいかがでしょうか?


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No.177「建築トリビア3 ~電気の周波数は大阪と東京のエゴで決められた~」

正式にはエゴでは無いようですが。。。
GWに信州の大町のダム見学で説明を受けました。
関東の電気の周波数は50kHz
それに対して関西の電気の周波数は60kHzです。
静岡県の富士川、新潟県の糸魚川を結ぶ線上で双方が分かれる訳です。

なんで2つの周波数があるのでしょう。
1882年(明治15年)に東京・銀座に灯された日本初の電灯(アーク灯)には、
連日大勢の人が見物に訪れました。初めての発電所が登場し、電灯は東京を中心
に急速に普及します。
その後、ニコラ・ステラ(米)が提唱した交流方式が電気事業の主力となり
1886年初めての電気事業者として東京電灯会社(現・東京電力の前身)が開業
しました。
1889年には名古屋電灯、神戸電灯、京都電灯、大阪電灯が相次いで設立し
1889年アメリカから交流発電機を輸入した大阪電灯が交流式配電を開始します。
その後、全国には前橋、日光、桐生、八王子など大きな街でも電灯会社が設立
されます。
1895年東京電灯・浅草発電所操業開始。
このとき使用したドイツ、AEG製の発電機が50kHzであったのが、
東日本標準50kHzとなるのでした。
1897年大阪電灯がアメリカ、GE製の発電機を増設。
この発電機が60kHzであッたので、西日本標準60kHzとなりました。
更に地方に電灯会社が増え続け、何千社となったそうです。
東京から近い電力会社が50kHzを採用して行き、
大阪から近い電力会社が60kHzを採用して行き、
現在の境が設定されたそうです。
1920年には電力過剰となり、電力会社の再編が急速に進みます。
太平洋戦争時には軍の管理下になったりしましたが、
戦後、現在の電力会社の体制になったようです。

現在では東京電力(富士川以東)、東北電力、北海道電力が50kHz
東京電力(富士川以西)、中部電力、関西電力、北陸電力、中国電力、九州電力、沖縄電力が60kHzとなっています。

北アルプスの山々には数々の水力発電用ダムがあります。
かの有名な黒部ダムは中部電力の管轄なので60kHz。
ひとつ山向こうの高瀬ダムは東京電力の管轄なので50kHzです。

ご興味があればダム見学をどうぞ。
「高瀬川テプコ館」
http://takasegawa.tepcokan.jp/

No.176「建築トリビア2  ~安藤忠雄の・・・・~」

前回のトリビア風はいかがでしたでしょうか?
懲りずに第2回目を。

「建築家 安藤忠雄にも修行時代が少しある」

今や日本建築界のリーダーとなった安藤忠雄さんですが
他の巨匠と比べてベールに包まれて部分が多く、
その謎が多い部分がファンの心を擽るのではないでしょうか。

「安藤事務所には急ぎの仕事はしないのでFAXが置いていない」とか
「昔、プロボクサーだった」とか。。

プロボクサーだったことはあまりにも有名です。
しかし、それが北山さんの影響だったことは知られていません。
前回ご紹介させていただきました北山孝雄さんが最初に
プロボクサーになり、活躍していたのに影響されてボクシングを始められた
そうです。

安藤さんのプロフィールには
1970年の事務所設立前には「独学で建築を学ぶ」となっています。
安藤イズムの真骨頂です。
独学というと「何処にも所属せず、誰にも師事せずただ一人で山にこもって
己の技を磨く」といったイメージが沸いてしまいます。

以前、1974年頃の「都市住宅」誌を読み返していたら
巻末プロフィール欄には若手建築家に混じり、若かりし頃の安藤さんの写真が
載っておりました。
添えられた文には高校卒業後、建築、IDの事務所を転々として
1970年都市計画事務所、水谷頴介氏に師事と書いてありました。

No.175「建築トリビア1  ~安藤忠雄には・・・・~」

このところ固い話題ばかりだったので
私らしく、少々砕けた話題をいくつか紹介したいと思います。
「うんちく王」を始め、巷では「えっ!」と思えるような豆知識が流行って
いるようです。
そのなかでもフジテレビの「トリビアの泉」が最初ではないでしょうか。
ちょっと真似てこんな風に紹介してみました。

「建築家 安藤忠雄には同じ顔の弟がいる」

今や日本建築界のリーダーとなった安藤忠雄さんですが

実は一卵性双生児。
同じ顔の弟さんがいらっしゃいます。
その名も北山孝雄さん。
ご職業は「空間プロデューサー」
北山創造研究所の所長さんです。
http://www.kitasou.com/top.html

安藤さんが脚光を浴びすぎていますが北山さんも負けずに
業界ではとてもメジャーな方です。
安藤さんといえばコンクリート打放しの建物の印象が強いのでモノクロの
イメージがあるかと思いますが
北山さんのデザインはポップでとてもカラフル。
「亀戸サンストリート」海老名の「ビナウォーク」などを手がけれられたり、
CI(コーポレートアイデンティティー)計画などのデザインなど
デザイン全般を視野に活動されています。

十数年前に北山さんにお逢いしたことがありますが
とても明るい表情の柔らかな方でした。
安藤さんは長髪気味で剛のイメージに対して
北山さんは短髪で柔のイメージでした。

安藤さんの事務所名が
「安藤忠雄建築研究所」に対して
北山さんの事務署名は
「北山創造研究所」

研究所同士なのはこだわりでしょうか。
因みにお二人の下には更に弟さんがいらっしゃいます。
その名も北山孝二郎さん

No.174「やっぱり気になる電磁波2」

電磁波と上手につきあう方法

前回は電磁波のかならずしも歓迎できない理由を調べました。
小さなお子様をお持ちのご家庭ではとても気になるところです。
かといって電磁波から逃れることができないものとなっています。
電磁波の影響と考えられる病気や疲労などの症状が急増している今、個人レベルでも
最低限の安全策を取る必要があるのでちょっとした電磁波対策をもう一度、ご紹介
いたします。
1
携帯電話は耳から3センチ離してみましょう。(難しいかな?)
電磁波の影響は距離の二乗に反比例します。耳から離せば離すほど良いわけです。
聞こえにくくなる限度の3センチほど離せばいいでしょう。
2
携帯電話のアンテナを伸ばす (意外ですね。)
携帯電話のアンテナを伸ばせば電磁波を拡散できます。
中には、アンテナを伸ばすと10分の1も電磁波が抑えられるという機種もあるそうです。
3
PHSを使う(今更、難しそうですが)
PHSの電波は、他の携帯電話の10分の1程度です。
4
子どもには携帯電話を使わせない (塾通いだと必要ですね)
脳細胞への悪影響が考えられるので、10年20年後を考えて、使用を控えさせましょう。
5
電気暖房器具の使用は控える (厳しい)
電磁波対策のなされていない電気毛布やホットカーペットなどの使用は控えましょう。
特に赤ん坊など小さい子どもへの影響は大きいと考えられます。
ドライヤーなど強力なモーターのある製品も注意しましょう
6
テレビは2メートル以上離れて観る
ただし、テレビゲームなどは、遊んでいる間、常にコントローラーを握っているため、
パソコンの帯電と同じ状態にあるといえます。
7
パソコンのモニターとの距離は70センチ (私は45センチなのでダメですね。)
モニター(ブラウン管)から最低でも70センチ離れましょう。
ちなみにカリフォルニア州には、「ブラウン管から少なくとも1メートル離れる」
という条例があるほどです。
8
アースを正しく取る

以上「電磁波コム」のHPからの抜粋です。
http://www.denjiha.com/howto.html